Ownership desire
真っ直ぐな存在。
穢れを知らないその存在を汚してみたいと思うのは自分が汚れている証拠かもしれない。
だが、止めることができない。
あのひたむきな存在に自分だけを見て貰いたい。
他のモノなど目に入れず、ただ自分だけを…。
東方司令部の執務室では二人の国家錬金術師が机を挟んで睨み合っていた。
「何時になったらアンタは賢者の石に関する情報を教えてくれるんだ!」
バンッと机を両手で力任せに叩きながら、12歳という若さで国家錬金術師となり、二つ名を「鋼」の照合を与えられたエドワード・エルリックは目の前で何の表情も浮かべない男を睨みつける。
「俺はっ、俺達は賢者の石のを探す為に今の道を選んだんだっ!」
エドワードは怒鳴り声を上げながら、今にも目の前の人物に掴みかからんばかりの勢いで捲くし立てる。
一方、そんなエドワードを無表情で見つめる男はこの東方司令部の大佐でもあり、焔の錬金術師でもあるロイ・マスタングである。
ロイは肘を机の上に乗せ、交差させた両手を口元に持って行くという姿のまま、特に何の表情も浮かべない。
ただ、目線だけは目の前にいるエドワードを真っ直ぐ見つめてはいるが…その瞳は何の感情も表してはいない。
そんなロイの態度に、ますますエドワードの中にある不満が膨れ上がる。
「アンタが言ったんだろ?『元に戻る可能性を求めて軍に頭を垂れるか』って…だから俺は国家錬金術師になったんだ!アンタの言った通り軍の狗に!それなのに賢者の石の情報も何も与えられずにもう3ヶ月経つんだぞ!!」
ダンッ――っと今までのより更に大きな音を立ててエドワードは机を両の拳で力任せに叩く。その振動で机の上に置いてある書類が数枚宙を舞い、床に落ちる。
「全く、机が壊れたらどうしてくれるんだい?」
だが、ロイは宥める様な声で静かにそう口にするだけだった。
まるでエドワードの言葉など全く聞こえていないとでもいう風な―――。
「そんな事はどうでもイイっ!俺が言ってるのは」
「賢者の石の情報を教えろだろ?」
エドワードの声を遮りロイは先の言葉を続ける。
「大体、賢者の石は伝説の物として語り継がれている物だ。そんなに早く情報が手に入ると思っているのかい?鋼の」
静かに、諭すように言われエドワードは思わず言葉に詰まる。
「―――けどっ」
だがエドワードは真っ直ぐにロイを見つめる。
「けど?」
ロイも静かな表情で、エドワードの続きの言葉を促す。
「確かに、賢者の石は実際するかも分からない物だ。だけど、俺達が元の身体に戻る為にはたとえ可能性が限りなく0%に近くても、手掛かりがあるのならソレに賭けたい!だから何でも良い、アンタなら絶対情報を持っている筈だ!頼むっ、俺に教えてくれ」
必死の形相のエドワードを見てロイは小さく息を吐く。
「相変わらず…良い瞳をしているね。鋼の…分かったよ」
私の負けだな。と小さく呟くロイの様子を見てエドワードの顔が厳しいモノから明るくなる。
「大佐ッ、それじゃ……」
「あぁ。教えよう。だが…賢者の石の情報を誰が聞いているこの場所では得策ではないだろう」
「でもっ」
直ぐにでも情報が知りたいエドワードはロイに食い下がる。
「いくら私が軍人でも軍の中には信用できない人間が大勢いるからな」
ロイのその言葉に、エドワードは両手を拳の形に握り締めると小さく頷いた。
「宜しい。では今夜9時に私の自宅に来てくれ。そこなら誰に聞かれるでも無いから安全だ」
ロイはそう言いながら、エドワードに小さなメモを渡す。
だが、エドワードはメモを受け取ろうとしない。
「私の家に来るのが怖いかい?それとも私が怖い?」
ロイはエドワードを一瞥するとクスリと口元で笑う。人が見て嫌な気分にさせる皮肉な笑みをわざとエドワードに見せる。
「馬鹿にするなっ!別にアンタもアンタの家も別に怖くなんてない!!」
案の定、エドワードは憤慨しながらメモを引っ手繰るかのようにロイの手から奪うと、中身を確認する。
メモには簡単な地図と、家の住所が書いてあった。
「夜道には気をつけておいで」
「子供扱いすんじゃねーよ」
あからさまに子供扱いするロイにエドワードを思い切り眉間に皺を寄せる。
「そうだな。さぁ、行きなさい。話しはまた今夜私の家でしよう。それと来るのは君一人だ」
「アルは置いて来いってか?」
「あぁ。それともアルフォンス君がいないと夜道を一人で歩けないとか?」
挑発するような台詞に、エドワードは顔を怒りで真っ赤にする。
「俺一人で行くから覚悟しとけよっ!」
噛み付かんばかりの勢いでそう言いながら、エドワードは執務室の扉を勢い良く開け、そしてバンッと力任せに閉めた。
エドワードが出て行った室内には、静寂に包まれる。
「相変わらず…単純だな」
ロイは一人になった執務室でクスクスと笑う。
「それにしても…『軍の狗』ねぇ」
誰もいない部屋で一人、思い出すかのように呟く。
「今夜は……楽しくなりそうだ」
先ほどまでとは違い、鈍い色を浮かべた瞳でロイは床に落ちた書類を拾い上げ、素早くサインを書き込む。
「今日は真面目に仕事をしないといけなそうだ」
ロイは唇の端を吊り上げながら、目の前の書類の山に手を出した。
「いつもこの様に仕事を終わらせてくれれば助かります」
書類をチェックしながらホークアイが上司に言う。
「手厳しいね」
ロイは苦笑を浮かべながら有能な部下を見る。
「事実ですから」
ホークアイは書類を纏め終えると、ロイを見る。
「今日はこれで仕事が終わりですので、帰っても問題ありません」
それだけ言うと、ホークアイは扉を開けて執務室のドアを開けると、思い出したかの様に振り返る。
「今日は何か良い事があったのですか?」
「まぁ…これから良い事が待っているという感じかな」
ロイは小さな笑みを浮かべる。
「そうですか…できれば明日も良い事が続いて下されば、仕事が捗るので私達もとても助かります」
「相変わらず手厳しいねぇ」
真面目な顔で話すホークアイに、ロイは今度は苦笑を浮かべる。
「事実ですから」
それだけ言うと、ホークアイは扉を閉めて執務室から出て行った。
「そんなに顔に出ていたのだろうか」
有能な部下の台詞にロイは小さく笑う。
(まぁ…これからが楽しみなのは間違いないのだが)
ロイはポケットから国家錬金術師の印でもある銀時計の蓋を開けて時間を確認する。
時刻は8時10分。
帰宅して用意をするのには丁度良い時間帯だ。
「では、家に帰るかな」
椅子から腰を上げて、黒い外帳を羽織りロイは執務室を退室するのだった。
自宅に帰宅してから数十分後、玄関の呼び鈴がカラン、カランと音を立て訪問者の合図を送る。
「来たか」
ロイはリビングのソファの上からゆっくりと腰を上げると、ニヤリと笑みを浮かべ、手に持っていたウィスキーのグラスをテーブルの上に置くと、訪問者がいる玄関に向かう。
ガチャ――とドアノブを押すと、そこには予想していた人物、エドワードがいた。
約束をした通り、たった一人で。
「やぁ、鋼の」
一人きりで来たエドワードいニッコリと笑顔を浮かべる。
ロイは言いながら、エドワードが入るスペースを開ける。
エドワードも無言でそのまま家の中に進む。
そんなエドワードの後ろ姿を見て、ロイは口端を微かに吊り上げるのだった。
その表情はいつもの彼とは違うどこか狂気を含んでいたが、エドワードは気付かなかった。
「賢者の石に関する情報を早く教えてくれ」
リビングのソファに通されたエドワードは不機嫌な顔を隠そうともせず、カップの乗ったトレイを持ってくるロイに声をかける。
「せっかちだな。鋼のは」
ロイは、紅茶を入れたカップをエドワードの目の前に置くと、自分も向かいのソファに腰かける。
「せっかちでも何でもいいっ!とにかく俺達には賢者の石の情報がどうしても必要なんだ」
噛み付かんばかりの勢いで、エドワードはロイをキッと睨みつける。
「そうだな。君に国家錬金術師の道を与えたのは私だ」
「ならっ」
エドワードは、中々本題を言わないロイに苛つき、何とか気分を落ち着けようと、先ほど差し出された紅茶を飲み込む。
この男に脅しなど通じない。まして頭に血が上っている状態ではこの男の考えが上手く読み取る事ができないからだ。
一見、ただの優男にしか見えないが、その中身は実にしたたかである事をエドワードは十分に知っていた。
「だが、考えてみたまえ。あの時私は君に生きる希望を与えた、そして君は国家錬金術師になり私の株を上げてくれた…だが、賢者の石の情報を与えて君は私に何を差し出してくれるのかな?」
ロイはウィスキーの入ったグラスに口を付け、エドワードを見る。
互いの目が合わさり、エドワードは言葉に詰まる。そして目の前の男の雰囲気がいつもの軍で見る様子と違って見えるのは決して私服だからという事ではない。
エドワードはこれ以上会話をする事は避けて、このまま退散しろともう一人の自分が言っているのが聞こえるが、エドワードはそれを無視した。
「なっ…、…俺は、元の身体に戻りたいから国家錬金術師になったんだぞっ!」
「あぁそうだな。だが、賢者の石の情報を与えて私にどんな得があるのかな?」
ロイのどこまでも静かな声にエドワードの身体は怒りで小さく震える。
「ならっ、アンタの目的を言えよ!どうせ何か企んでるんだろっ!!」
ギッと、ロイを睨みつけたエドワードの視界がぐらつく。
「な…に…」
エドワードは霞む視界と、頭の中が揺れる様な感覚を味わいながら、何処か遠くでロイの言葉を聴いた。
「なら、ここは一つ錬金術の理でもある『等価交換』をしようではないか」
だが、その答えを言う事なく、エドワードはその場で意識を失った。
「まだまだ子供だな」
ソファの上に、グッタリと横になるエドワードを見て、やれやれと溜息を吐く。
「軍人なんて信用できないと昼間私が言った言葉を信じていないから、こんな目に合うんだよ?鋼の――」
ロイはぐったりと横になっているエドワードの隣に腰かけながら、紅茶の入ったカップを見つめる。
「以外と即効性のある薬だったようだな」
軍で新たに開発された、睡眠薬をロイはエドワードのカップの中に入れていたのだった。
「さて、賢者の石の情報を見合う『等価交換』を行おうではないか」
楽しそうな笑みを浮かべ、ロイはエドワードの頭を優しく撫でる。
優しい仕草とは裏腹に、ロイの瞳は冷たく、暗く鈍い光を放っていた。