| 夏祭り〜quiet time〜
「これに着替えろ」 水都のマンションのリビングの上でのんびりとテレビを見ていた空の背後から突如声がした。 「あれ…?出かけたんじゃなかったのかよ?」 空はソファ越しにこの部屋の主である水都を見ながらそう言う。 空が起きた時…とは言っても昼過ぎだったが、にはもう水都の姿は無くベットの上にメモが置いてあっただけになっていた。 「帰ってきては都合が悪い事でもやらかしたのか?」 水都は鼻で笑いながら空を見る。 「そんな事してねーよ!」 空は無気になって水都を睨む。そういう態度が水都を喜ばせていると分かっていながらも空は水都に突っかかってしまう。 「まぁいい…それより早く着替えろ」 珍しく水都は突っ込んでくることはなく、空に紙袋を大きな渡す。 「何これ?」 空は紙袋を受け取ると、水都を見上げる。 「浴衣だ」 水都は一言そういう。 「ゆかた?」 「今日は祭だからな。まぁ別にお前がそのままの格好が良いというなら私は何も言わないが…」 ニヤリと空を見ながら笑う。 空の格好は水都のシャツを羽織っているだけの格好だったりする。 「俺は構うっ!…着替えてくる!」 空はソファから立ち上がると、寝室の方へ急いで向かったのだった。
バタンと態とらしい位の音を立ててドアを閉めた空の顔は何処か複雑な表情をしていた。 「何か水都から初めてマトモなもの貰ったかも…」 ベットの上に座りながら空は紙袋の中から浴衣を取り出す。 暫く空は浴衣を見つめていると、寝室のドアが小さな音を立てて開いた。 「何だ、まだ着替えてなかったのか?」 水都は空の格好を見て呆れたように呟く。 「それともやはりその格好が」 「今着るから!」 水都の台詞を空は遮ると、急いで浴衣を広げる。が、そこから先が問題だった。 「…なぁ水都。ちょっと外出てもらえない?」 水都の視線を感じて空は顔を微かに赤く染めながら言う。 「どうしてだ?別に今更裸が恥ずかしいという間柄でもないだろう」 寝室のドアに軽く寄りかかった格好の水都は空を見ながらニヤリと笑う。 「アンタは良くても俺は恥ずかしいんだよ!」 空は赤く染まった顔で水都に怒鳴る。 「お前浴衣着れるのか?」 が、水都は急に真面目な顔をして空を見ながら言う。 暫し考えて空が出した答えは着れなかった。そもそも最後に浴衣なんて着たのは一体いつの頃だったのろう。記憶に残っていないので勿論着方も分からない空は途方に暮れる。 「…着れない」 小さく呟くと水都が空の側まで歩いてくる。 「着せてやろう」 水都は空の顔を覗き込みながら、シャツに手を掛ける。 「なにするんだよっ!」 「何って…浴衣を着るんだからシャツを脱がなくちゃならんだろうが」 水都は呆れた声で空に言うと、そのままシャツをシーツの上に落とす。 「さっさと立ち上がる」 水都は空の腕を引き寄せて立ち上がらせると、浴衣を着付ける。 あっという間に空は浴衣を着せられていた。 「あの…」 一応礼を言っておくべきだと空は思い、口を開くが 「やっぱり浴衣はそそられるな」 水都のこの一言で止めた。 「サイアク」 思いっきりしかめっ面で空は水都を見る。 「ほう…このままお仕置きされたいのか?」 水都は空の顎に手をかけて口の端をつり上げる。 空はブンブンと首を左右に思いきり振る。 流石に今から犯られたら明日は絶対に腰が立たないことは間違いない。 「なら大人しくリビングで待ってろ」 水都は空の顎から手を放すと寝室のドアを指差す。 「わかった」 空は水都の言われるままに寝室から出ていく。 リビングに戻り、つけっぱなしだったテレビを消して、テーブルの上に置いてある食器を洗浄機に入れる。 そして洗面所で身なりを整えて再びリビングに戻ると、水都がいた。 「支度はできたのか?」 水都が空に振り向いてそう聞く。が、空は水都の格好に呆然としていた。 目の前の男の浴衣姿に空はドキっと心臓が高鳴った。 「アンタも浴衣着るんだ…」 何だか恥ずかしくなって空は照れ隠しのようにそう呟く。 認めたくはないが水都の浴衣姿はとても似合っていた。 「お前は私を何だと思ってるんだ?」 空の台詞に水都は呆れたように言う。 「変態教師」 空は即答する。思わず言ってしまった台詞に言った後に空はヤバイと口を押さえる。 「羽柴…お前はそうとう私の仕置きが受けたいようだな」 明らかに不機嫌丸出しの水都の顔に空は冷や汗を流す。それに2人きりで「羽柴」という時は機嫌が悪いという証拠だったりする。 「わ〜ごめんって!それより早く祭行こうぜ!」 空は慌てて水都に謝ると、水都の浴衣の袖を引っ張りながら玄関の方に進もうとする。 その様子に水都が苦笑していた事に空は気付いていなかった。 水都は空をからかうのが楽しくて仕方ない。だから業と空に自分に突っかかるような事や怒らせるような事を言わせて楽しんでいる水都だった。愛情表現の屈折が見事といわんばかりのひねくれた方法の持ち主である。 空に袖を引っ張られながらマンションを出ると、エレベータに乗り一階まで降りる。 「なぁ祭って近くでやってるのか?」 空は地下の駐車場ではなく一階のフロアに降りて、そのまま外に出る水都に訪ねる。 「あぁ。歩いて10分か15分位の所でやっている」 水都は時計を見ながら空に言う。 「そのわりには全然祭の音とか聞こえなかったけど?」 「ウチのマンションは完全防音だからな」 そうじゃないとお前も大変だろう? 空にだけに聞こえる位の小声で意地悪くそう言う水都に空は顔を真っ赤に染める。 「サイテー」 「せめて最低位漢字で言え」 空の悪態にも容赦なく水都は突っ込む。そんな言い争いをしながらお互い祭へと向かった。
着いたのは神社だった。 既に祭りは始まっていて、家族連れやカップルなど人で賑わっていた。 「ずいぶんといるんだな〜」 予想以上の人に空は呆気にとられる。 「ここら辺ではここしか祭りがないからな」 水都は空の質問に答えると、境内の中に入っていく。 空も慌てて水都に付いていく。 「なぁ…俺あれ食べたい」 空は林檎飴と書かれた出店を指で差す。 「買ってこい」 水都は空に千円札を渡す。 「じゃ行って来る〜」 無邪気に笑いながら空は出店の方に向かっていく。 途中人とぶつかったのか謝りながら空は出店い向かっていく。水都はそんな空の後ろ姿を小さく笑いながら見つめている。 「全く…危なっかしいな」 酷く穏やかな声で水都は誰に言うでもなく呟いた。
それから空は色々な出店の物を物色し始める。 既に両手いっぱいに色々な物を持っている空に水都は呆れていた。 「いい加減その辺にしておけ」 空の手から綿飴とスモモを取り上げながら水都は言う。 「わかった」 空は笑いながら水都の言うことに従う。 「何だ?」 笑いながら自分の方を見ている空に水都は訝しむ。 「アンタと綿飴って似合わないな〜って思ったダケ」 空は綿飴と水都を交互に見ながらクスクスと笑う。 「なら今すぐお前がコレを処分しろ」 水都は空の前に綿飴を差し出す。 「俺…あんまり甘い物好きじゃないんだよね」 「お前な…」 空の台詞に水都は呆れ果てる。 「だったら何故買う?お陰で私が持つハメになってるのだが?」 金銭に関してはどうでもいい感覚の持ち主らしい台詞である。 「だって祭りと言ったら綿飴って感じじゃん!」 よく分からない空の主張に水都は溜息を吐く。 「ならコレはどうする?」 「そうだな〜」 空はキョロキョロと周りを見る。 真っ直ぐ神社の方に歩いてきた為、いつの間にか出店は無く、人影も殆ど無い状態だった。 ふと、空は神社の方から歩いてくる人影を発見する。
「ねぇ…俺綿飴食べたいっv」 「そうか」 「国光は何食べる?」 「特には…無いのだが」 楽しそうに話す2人の少年の会話を聞いて空は水都を見る。 「なぁ…」 「まぁ、捨てるよりは良い案だと思うぞ。受け取るかはわからんがな」 空の言いたい事が分かっている水都は空の背中を優しく叩く。 「……」 「どうした?」 「何でもない!////」 水都の行為に空はドキドキとしていた。あんな風に気まぐれに優しく扱うから本気で水都の事を嫌いになれない空だった。 小さく頭を振ると、近くにきた少年達に空は声をかける。 「なぁ、そこの小さい男の子」 いきなり声をかけられた少年2人は空の方を見る。 (何かすげー顔整ってる) 自分も充分に顔の造形が良いのに全く気づいてない空だった。 「何か?」 背の大きい、少年というよりは青年と言った方がピッタリの男が小さい少年をかばうように空の前に立ちふさがる。 「さっき、綿飴が食べたいて言ってたから声をかけたんだけど…あ、別に俺妖しい者じゃないから」 青年は眉を微かに寄せて空の顔を見る。 (何か俺睨まれてる?) 空は青年の前で困り果てる。 「俺…綿飴あげたいだけなんだけど…」 空は困ったように水都の方を見る。 水都は苦笑しながら空の方に寄ると、「連れが言葉が足らなくて申し訳ない」と青年に向かって言う。 (悪かったな!どーせ俺は頭がまわんねーよ) 空は拗ねると、水都がやれやれいわんばかりの顔をする。 「実はこいつが甘いものが駄目なくせに祭りの雰囲気で綿飴を買ってしまったんだ。それで私も苦手で不本意ながら捨てようと思った時に君達の会話が聞こえたんだ。それでこうして声をかけたという訳なんだ」 水都の台詞に少年達はお互いに顔を見合わせる。 「じゃ、俺貰う!」 「リョーマ!?」 リョーマと名乗る少年の台詞に青年の方が驚いた顔をする。 「別に悪い人じゃないし…国光お願い」 にっこりと満開の笑顔を向ける少年に国光と呼ばれた青年は「わかった」と言う。 その台詞を聞いた空はリョーマの綿飴を渡す。 「サンキューなvあと他に何か食べたい物あるか?」 「イカ焼きとすもも飴!」 「わかった」 いつの間にか馴染んでる2人に水都と青年はお互い苦笑する。 「ねぇ3つも貰っちゃったけど平気なの?」 「あぁ。それに土産も買って帰るから片手開けておかないといけないしな」 「まだ買うの?」 「勿論」 空の台詞に少年は笑う。 空もつられて笑うと水都に呼ばれる。 「じゃありがとーな」 空は少年の頭をクシャっと撫でると水都の元に向かう。 水都の元に早足で戻ると、水都は時計に目をやる。 「土産を買って帰るぞ」 「うん」 水都は先程空が少年にしたように、空の頭をクシャっと撫でる。 そして元来た道を2人で戻っていった。
帰り道、空の機嫌はすこぶる良かった。 両手には沢山の食べ物を持っている。出店の人がビニール袋を思わず差し出す程、空の両手はいっぱいだった。 「全く…全部食べきれるのか?」 水都は空を見ながら呆れ果てる。 さっきもあれ程買ったというのにまだ買おうとする空を半ば強制的に祭りから引き離した水都だった。 「勿論、アンタの分も入ってるんだけど」 空は水都を見ながら、二つ持っているいるうちの一つの袋を水都に渡す。 「何だ?」 袋を突きつける空に問う。 「何って水都、アンタの分。だて祭りの間何も食ってないし、家に帰って作るのも面倒じゃないかと思ったダケ」 空は無理矢理押しつけると、一人スタスタと前を歩いていく。 だが、もともと歩幅が違うせいか水都に直ぐ追いつかれてしまう。 「ありがとう空」 思いも寄らぬ水都の台詞に空は足を止める。 まさか水都が自分に礼を言うとは思っても見なかった。しかも凄く普通に言うあたりが更に空を驚愕させた。 「何だ?その顔は」 人がせっかく礼を言ったというのに…と水都は空を見ながら呟く。 「いや…アンタから、こう…お礼の言葉が出るとは…正直ビックリした」 空は未だに動揺を隠せないまま水都の顔を見る。 「私だって一般常識位はふまえている」 水都はそう言うと空の頭を優しく撫でた。 「…反則じゃん」 空は顔を地面の方に向けると小さな声で呟く。 「何だ?」 聞き取れなかった水都が空に問う。 「何でもない」 「そうか」 水都はさして気にした風もなく空の手を取る。 「ばぁ…あんた今日おかしくない?」 空は思ったことをそのまま告げる。 「お前はよほど私にお仕置きされたいのか?」 水都は眉をひそめながら空を見る。 「だって…なんか今日……」 空は自分の手を掴んでいる水都の手を見る。 「たまには悪くないだろう?」 水都は手を握りながら聞いてくる。 口にはちいさく笑みが浮かんでいる。 「………」 空は俯いたまま無言で歩き始める。 水都の手を握ったままで。
おだやかな雰囲気で2人は一緒に帰っていった。
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