優しくしたい
本当は誰よりも大事な存在。
全部が愛おしくて閉じこめてしまいたい位。
自分でも驚くくらい私は彼の事が気に入っている。
でもいつも泣かしてしまう。
自分はとても不器用で、真っ直ぐな彼とは正反対。
だから余計彼の心を傷付けてしまう。
できる事なら優しくしたい。
誰よりも大切な存在だから。
誰よりも、何よりも…
愛しい存在だから。
「だから、あれは向こうからなんだって!」
怒鳴るような、訴えるような声で私の背中に向かって声が飛んでくる。
「そうか…」
私はデスクの上で本日行われた小テストの採点をしなが今日何度目かの返事を返す。
「別に俺は何とも思って無いし…」
さっきからこの繰り返し。
原因は放課後、空が後輩から告白された事だった。
別に空が告白される事は不思議ではない。
コイツは見た目は二枚目な部類だから。中身は三枚目だが…。
それにくるくると回る表情と、行動力。何より人を引きつける魅力がある。
本人は無自覚だが、空のファンはこの学園に結構いる。
ちなみに今日は昼休み、私がたまたま中庭を通った時に偶然目にした。
そして見事というべきか、空と目があった。
(あの時の怯えたような目は私を誘っているようだったがな)
そして放課後、空は教論室に入って来るなり昼休みの事を私に話し始めた。
別に全く嫌な気持ちではないと言ったら嘘になるが、怒ってはいない。
空は勿論断っただろうし。
それに空がこんな些細な事で、足早に教論室にやってきて、弁明する姿が可愛いと思ってしまったりしている。
初めの頃はそれこそ飼い主と奴隷という立場がピッタリの関係だったが、今では少し違う関係だ。告白なんてものはしてないので勿論恋人同士というのではないかもしれないが…。
普通に会話の出来る関係になたのは確かだ。
私も空を拘束するような行為ももう辞めた。逃げないと分かったから。心のどこかで空は私から離れないという確信がある。
もし離れようとしても、勿論逃がすつもりは全く無いが。
そんな微妙な関係だが、不満は無い。
「断ったんだから、いい加減機嫌直せよ」
その台詞を聞いて思わず笑みが零れる。
「別に機嫌はいつもと至って変わらないが?」
採点しながら空に話しかける。
「じゃぁ何で一回も俺の方見ないんだよ!」
空の台詞を聞いて、確かに自分はまだ一度も空の方を向いていない事に気付いた。
別にわざとではなく今日は会議に書類の提出とテスト採点とやるべき仕事が一気にやってきたのだ。
だから自然と空の顔を見ることができなかったのだが…。
「それはわるかったな。取りあえずこれで満足か?」
私は言いながら椅子ごと躰を空の方に向ける。
「……水都のサイッテー!」
振り返った途端、空は目に涙をうっすらと浮かばせて教論室から飛び出して行った。
空のいなくなった教論室は静かだ。
私はやりかけのテスト採点を再び始めた。
「サイテーか」
先程の空の台詞を思いだして、苦笑する。
本当はもっと違う言い方があったのは自分でもわかる。
だけど…言えない。
相手に自分の気持ちを伝える事が私は酷く苦手だ。
だが、今まで付き合ってきた相手は言わなくても大体は分かっていたのだろう。自分がどういう性格の持ち主かということを。
ただ、自分が欲した相手はそういう事に全く持って分かっていない。
そもそも回りくどい考えや人を疑う事をまずしない。
それ故、自分の思った事を言葉で伝えてくる。
一直線に…。
もっと大事にしてやりたいのに自分はいつも彼を泣かせてしまう。
さっきも微かだが、目には涙が浮かんでいた。
必死に弁明をしていたのは自分の為ではなく、もしかしたら私の為だったのかもしれない。
前に空に言われた事をふと、思いだした。
『まぁ、俺の身に何かあった時は必ず報告するから。だからそれを聞いてちゃんと信じてくれよな!嘘はつかねーから』
もしかしたら、空はその約束を守って一生懸命説明したのかもしれない。
だが、私は大体の予想ができていたからさして空の説明を聞く気が無かった。
そして私の態度が空にとっては【信じてない】という事に繋がったのかもしれない。
「参ったな」
手からペンを離して、教論室のドアを見る。
「探しに行かないとな」
どうやら今日は戻ってこないかもしれない。まだ学校のどこかにいるとは思うが、それでも外は日が暮れて気温が下がってきている。
私は椅子から立ち上がると、身支度をしソファの上に置かれている空の鞄を手に取り教論室を跡にした。
空を探しに。
大事なもの程酷く扱ってしまう自分。
大切に優しく見守る事ができればどんなにいいのだろう。
そうすればいつも泣かせて、悲しませる姿を見なくてすむから。
だけどそういう扱いしか出来ない自分。
そしてこれからも自分は彼を泣かせるだろう。
だけど、絶対に手放しはしない。
私が欲しいと願った初めての存在だから。
手放すなどという愚かな事など――――。