「あれ? 空、それ何?」
「へ……?」
体育の授業が終わって着替えてる途中、オレの幼馴染、祭がオレの首筋を指差しながら
聞いてきた。
…首に、何かあるのか?
「……空、まさかそれって…………」
普段はオレを見るとどうやってからかってやろうという顔しか見せない祭が、珍しく真
面目な顔になって、声を抑えて言ってきた。
「キスマーク…?」
――――――はい?
祭に言われた言葉がしばらく耳に入ってこなかった。いや、拒否していた。
……首にキスマーク…。
身に覚えがない。といっても祭は騙されてくんねーんだろうな……。
…………逃げるしかねーかな?
「……祭」
「何?」
オレは残っていた学ランを手に取り、至極真面目そうな声を作る。
そんなオレの言葉に、祭が体勢を入れ替えた。不安定になったその隙をつき、ダッシュ
をかける。
「じゃな!」
「あっ! 〜〜〜〜っ! 誰か、空捕まえてっ」
「捕まるかよっ」
祭の声に反応しつつも、いきなりの言葉に身体がついていってない奴らに捕まるほど鈍
くねえって。
あと少しで教室から出られる! ――そう思った時、目の前が急に暗くなって……。
……オレの逃亡はあっけなく未遂に終わった――。
「さて、空くん。説明してくれるよねぇ?」
ちょうど教室に入ってこようとしていた梅ちゃんと正面衝突したオレは、今椅子に座ら
されて祭の視線の餌食になっていた。
周りの奴らも興味津々といった感じで遠巻きながらもオレたちの動向を探っている。
――祭の目がもう少し笑ってたら人だかりができてただろうな…。
「どこで付けて来たのかな? ――――その、キスマーク」
――――!!
「げ、まじ?」
「うそっ、羽柴お前いつの間にっ!」
まさかここで大きな声で言ってくるとは思わなかったぞ。――祭ぃ。
祭の言葉を聞いたクラスメイト達が一斉に傍によってきて捲し立てる。オレは机に突っ
伏した……。
「逃げようと考えなければ、僕もそれなりに対応したよ」
「――――はい」
……わかってます。
祭さんはそういうお方です。
バカなことを考えたオレが悪かったです。
「羽柴に先を越されるとは〜〜っ!」
「相手誰だよ?」
「キスマークつけるってことは、年上? 大学部のお姉様かっ?」
次々に締め上げられるオレを見ながら祭が呆れたように言ってくる。
「何をしている」
いきなり騒がしい教室に凛と張りつめた、通りの良い声が響いた。
瞬時に静まり返る教室。皆、現れた人物に驚愕の目を向ける。
「お前たちはここが何処だか分かっていないらしいな」
いつの間にチャイムがなったんだろう…。祭も気付かなかったみたいで、驚いている。
「……水都」
「…………お前か、羽柴……放課後、数学教諭室へ来るように。――全員席につけ! 授
業を始める」
「――――はい」
クラスメイト達があわてて自分の席に戻り始める。皆のオレを見る視線には哀れみと同
情が入り混じっていた。……中には笑ってる奴もいる……。
ちくしょー。厄日だ。
「失礼します」
放課後、重たい足を引きずりながらオレは数学教諭室へやってきた。
送り出してくれた友達等は口々に『先に女を作った報いだ』――なんて言ってきた。
――――“年上”、は合ってんだけど……“女”じゃねーんだよな…。
オレが今付き合っているのは――――。
教諭室へ入ったオレはこちらに背中を向けて座る水都を見つめる。
きっちり固められた頭髪。
グレーのスーツに包まれている姿勢の良い身体。
――――広い背中。
全身から近寄りがたい、他を寄せ付けない空気を放っている男。
オレの――――――。
「何を見ている」
「えっ、あ……」
じっと見ていたことに気付いたんだろう。水都がこちらを向くこともなく聞いてくる。
その間も作業をしている手は止められることはない。
「…しばらく待っていろ」
「……はい」
言われて、おとなしく備え付けのソファへ身体を預ける。
静かな室内に時計の音と、水都のペンを走らせる音が響く。
……やばい。眠い。
機械的な一定感覚の音が眠気を誘う。
…………だめだ、眠っちゃ……。
「羽柴」
!
瞼が完全に閉じる瞬間聞こえた、水都の声で覚醒する。
オレの眠る頃合を見計らってたんじゃねーか? その証拠に目が何となく楽しそうだ。
「いい度胸だな。呼び出された状態で眠ろうとするとは…」
言いながらオレを見下ろすように立つ。
「まあ、私の授業中に騒ぐ位の度胸はあったらしいがな」
「――お前が悪ぃんだろーが」
どうやってオレをいじめてやろうか――なんて雰囲気がびしばし伝わってきて、ちょっ
とした反抗心で小さく呟いた。
「教師を“お前”呼ばわりか?」
…やっぱり聞こえたか……。
水都の気配がマジモードに変わったのが分かったけど、コレばかりは引き下がるわけに
はいかねーんだ。
だってよ。水都のせいで祭に捕まってクラスメートに詰め寄られて、その元凶に今から
説教されるわけだろ? おとなしく叱られるなんて割に合わねーよ。
「お前がこんなもの付けるからいけねーんだろ?」
授業の後、自分で気付かなかった跡を探すためオレはトイレに駆け込んだ。ついてくる
野次馬はいたけど、ばらされた後じゃ今更だったから勝手にさせた。――最終的には居て
くれて助かったんだけどな。
跡が付いてたところってのが、その……耳の後ろだったんだ。
普通に生活してる分には見えない場所だからいいけど、着替えの途中髪を上げたらばっ
ちし見える位置だもんな…。
知ってたら気をつけるようにしてたさ。
おかげでついてきた奴ら全員に見られちまった。
「コレのせいであーなったんだからな!」
「だから、自分は悪くない…と?」
「当然」
言い切ったオレを水都は静かに見つめてくる。
しばしの沈黙――。
いい加減居心地が悪くなってきたところで水都がかがんでくる。
じっと見ていると、顔を横向きにされ、跡が付いてるほうの髪を上げてきた。
指で、撫でられる。
「――っ!」
水都に触れられ、身体が跳ね上がる。
オレの反応をみて満足げな表情になり、指を下へと移していく。
「あっ! 先に謝れよなっ!」
どうやら説教はないらしい。それだけでも良しなんだけど、こういう時くらい謝罪を口
にしてもいいだろうに。
いつも、とは言わねーから……偶には言ってくれたっていーんじゃねーの?
オレは腕に力を入れ、抵抗する。
…元から力では敵わないから、それはあっという間に意味のないものに変化する。オレ
だって一応鍛えてんのに、毎度これじゃあはっきり言ってむなしすぎるって。
「ふ、ぅん…」
次第に力が抜けていき、水都の背にすがり付いていく。
後はもう、何も考えられない――――。
「水都の変態、意固地、わからずや」
ヤるだけやって自分は満足したからいい――みたいにオレを置いて仕事に戻った水都に
足りない頭で、思いつく限りの言葉を並べ立てた。
自分の後始末だけさっさと終わらせて、そのままのオレを放って仕事始めるから、いい
加減言いたくもなる。
何でこう、勝手なのか……。
「――――エロ親父」
「うるさいぞ」
やーっと反応しやがった。
かれこれ10分は言い続けたぜ。よく持ったよ。
ま、何度も同じ単語を使ってたから当たり前だけどな。
「もう少し言葉を覚えたらどうだ? 稚拙すぎる」
「ほっとけ。水都が謝ればすむことじゃねーか」
「何故」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
わかってたけど、わかってたけど……。
「帰るっ!」
「――――ああ、それは構わないが……制服を止めたらどうだ?」
?
珍しく、教師らしいことを言う…………って、まさか!
オレは急いで窓に自分の姿を映す。
そこには上まで止めなければ見えてしまう位置に、点々と鬱血した跡が付いていた。
「……何てことすんだよぉ〜〜〜〜」
一体いくつ付いてるのか、数える気が失せる程……これだけあると、気持ち悪すぎる。
「く、大変だな」
あまりの出来事に呆然とするオレに、からかうような水都の言葉が耳に入ってくる。
「………………水都の、バカやろ―――――っ!!」
「空、暑くない?」
「ねーよ」
「空、熱は大丈夫?」
「…あるかっ!」
「空、眉間のシワは跡になるよ」
「“跡”言うなっ!!」
次の日、上まできっちりファスナーを止めているオレを見て、祭が面白そうに話しかけ
てくる。
不機嫌を全開にしているオレをからかうのは祭くらいなもんだ。こうしている理由もわ
かってて聞いてくる。――つか、バレバレだけど…聞かれないだけマシだ。たとえオレ達
の会話に聞き耳を立ててようと。
「空…………」
言いながら、それまでと違い、祭が顔を寄せてくる。内緒話をするように、口に手をあ
てて――。
「昨日、空が行ったのって数学教諭室だけだよね?」
――――――!!
何でわかるっ?
「ち、ちが……っ!」
「ふふ。空、顔真っ赤だよ」
「だから、違うからな! 祭!」
話すことは終わり。と、祭が笑いながら去っていく。
「祭――――っ!」
「こら! SHR始めるぞ」
オレが叫ぶのと同時に梅ちゃんがやってきて、出席簿でオレの頭を叩く。
「どうした羽柴。珍しいことして」
「あっ!」
オレが制服を止めていることに気付いた梅ちゃんが、驚いた顔でオレの顔を見て詰襟の
部分を引っ張る。
しかもそこは上の方まで跡が付いてる場所で――――。
「………………」
「は、はは…………」
慌てて隠したけど…気付いた、よな……?
「……羽柴、大人になったな」
梅ちゃんがぽんぽんとオレの肩を叩きながら、しみじみ呟く。
心成しか、目尻に涙が溜まってる気がする。
梅ちゃんって、大袈裟…………。
とりあえず、今日も平和です…………。
も、嫌。
コメント
いわき栄花さんのサイトでBBSのキリバンでいただきました。100番目のカキコ者というやつですv正直な感想、夢のようです。カキコでこんなに素晴らしい作品を書いてもらい私は幸せ者です!
私も策士な祭が好きなのでこの話の祭さんが好みですvこの後色々と祭に水都さんとの事をからかわれていくんだろうなぁ〜とひそかに期待(笑)水都さんもかなりいいですし、更に跡を増やす所とか!読んでいて頬が終始緩みっぱなしでした(苦笑)
栄花さん本当にありがとうございました。