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その少年を見たのは本当に偶然だった。

近所にあるのに近づきもしなかった公園へと、その日、私は足を踏み入れた。

何があったわけでもなく、いつもと違うルートで家へと帰る途中だった。

歩いている私の前をその少年が横切って駆けていった。蒼い瞳の少年に何故か心が粟立つのを感じた。

細長い肢体をばねの様にして駆けて行く少年。

少年の姿は私の胸に深く、刻まれた。

 

次に見かけたのは、施設の前だった。遠目だったけれども、一目であの少年だと気付いた。

少年は一人ではなかった。

親しげに傍にいる人物へと話しかけるその姿は、私の中にある種の感情を奮い起こさせた。

――――嫉妬。

その人物に対して少年が特別な感情を持っていることは明らかだった。

少年の関心が他のモノに注がれている。それだけで私は冷静ではいられなかった。

また、自分にそんな感情があるものだということを、初めて、知った。

言葉を交わしたわけでもない。偶然、2回見かけただけの少年に、自分が心を奪われていることに、驚きを隠せないでいた。

こんな感情は無駄になるだけのものだ。私は少年の姿を振り切るようにその場から離れた。

もう、この近くを通るまいという、考えと共に……。

 

しかし、私の決意は脆くも数日で崩れ去った。

同級の“湖月 綾野”。彼と一緒にいた時、あの少年が現れたのだ。

 

 

「綾野――!」

始め、少年とはわからなかった。

私は少年の声を聴いたことがなかったのだ。

「おや、真一朗。七海も。どうしたんだ?」

「別に、近く通ったら綾野が見えたから……」

「こんにちは、綾野さん」

親しげに話しかける二人を見て、封じ込めたはずの感情が蘇ってくるのを感じた。

こんな近くに接点があるなどと思ってもいなかった。それは、私の始めての誤算だった。

一度呼び戻してしまった感情は少年の姿を見た時、すでに、止めることなどできなかったのだ。

「じゃあ、暗くならないうちに帰るんだよ」

「わかってるよ。じゃな」

「あ、待って真一朗」

綾野に挨拶をした二人は来たときと同様、あわただしく去って行った。

二人の姿が見えなくなったとき、私は少年のことについて自分から問いただしていたのだ。

「あの少年は?」

「ああ、私の弟だ」

――弟?

たしか、弟は別にいたはずだが……。

そんな私の疑問が通じたのか、綾野は少年について話し始めた。

「二人いるんだよ、弟は。相沢も知っている“奏司”と、あいつ“真一朗”だ。ふふ、可愛いだろう」

滅多に他の人間に興味を抱かない私が、自分から少年のことを聞いたことが珍しかったのだろう、綾野は少し驚いた様だ。

「一緒にいたのは、病院があっただろう? そこの息子だ。―――“七海 かい”」

――七海かい。

あれが少年の心を占めて止まない存在――――。

「……相沢、何も考えるなよ」

「…………何を?」

「……わかってないのなら…何も言わないさ」

探るように私を見ていた綾野は、それきり何も言ってこなかった。いや、わかってて言ってこなかったのだろう。全く、変に感のいい奴だ。

実際私の心は、渦巻く負の感情で一杯だったのだから――――。

 

「何をしている」

いきなり話しかけた私に少年が驚いた表情を見せる。

しばらく考え込むような顔をしたと思ったら、不意に顔を輝かせた。

「そっか。綾野と一緒にいた――。誰だっけ?」

「相沢だ」

「あいざわ…さん?」

「相沢でいい」

聞くと、綾野に会いにきたのだそうだ。学校前まで来たのはいいが、部外者ということもあり、中に入れなかったのだそうだ。

私は少年を連れて校舎へと入っていった。綾野に送り届けるために。

「オレは――」

「知っている。真一朗――だろう」

「おう! よろしくな」

目的地に着くまでの間、取り留めない話をした。少年は物怖じしない性格らしく、ほぼ初対面に等しい私に色々と話しかけてきた。

時間にしたら5分程度の短い時間、私は自分らしくない、悦びを感じていた。

しかし、それまで楽しそうに話をしていた少年が、綾野の顔を見て急に不機嫌になった。

その理由は傍で話を聞いていた私の耳に否応なしに入ってきた。

「だから! 七海に何言ったんだよ!」

「何も言ってないよ? 真一朗、気にしすぎだって」

「何も言ってなくて七海がオレを避けるはずねーだろ! 何言ったんだよ!」

目の前で繰り広げられる兄弟喧嘩。

それは喧嘩と呼ぶにはかなり変なもので、一方的に捲し立てる少年を軽くあしらうだけの綾野。その態度に腹をたて、益々激しくなる少年の口調。

「綾野のバカやろ――――――っっ!!」

全く相手にされず、とうとう切れた少年が悔し紛れの捨て台詞を残して去っていく。

私は無意識に少年の後を追っていた。

通り過ぎる教師や生徒が、私を奇異の眼で見るが、構っていられなかった。私が廊下を走るなんて誰も想像し得なかったことだろうから、当然だ。

やがて中庭に着き、ようやく少年の足が止まった。

後をついてきた私が不思議なのだろう。振り向いた視線が疑問に彩られる。

「放って置けるわけないだろう」

「……何で?」

「…………さあな、私にもわからん」

実際わからなかったのだ。

気が付いたら追いかけていた。

少年への気持ちに自覚はしているが、何故後を追ってしまったのか……。

「変な奴――」

そう言って笑った顔は、私には眩し過ぎる程の笑顔だった。

 

それからというもの、私の姿を見かけては少年のほうから近づいてくるようになった。

話の内容は取り留めのない、少年の日常。それだけでも私は心が満たされるのを感じていた。

だが、日々が過ぎ去るたび、私の中のもう一つの感情が活性化していくのを自覚していった。

七海――――。

二人が想い合っているのは傍から見ても明らかだ。

嬉しそうに一緒に居続ける二人を見るのは、我慢ならない。

真一朗は二面性を持っている。七海がそれに対して何かをしようとしていることも気付いていた。

今のうちに二人を引き離し、二度と顔を合わせることなく過ごさせるにはどうしたらいいか。私は持てる頭脳全てをつぎ込んだ。

着実に自分の足場を固め、七海を監視するための用意を整える。同時に、真一朗の全てを私のものに――――。

「相沢」

綾野が私を呼び止める。その顔は、私が何をしようとしているか、わかっている顔。ふ、相変わらず鋭い奴だ。

だが、それが役に立つ。所詮こいつも私と同じ、研究者だからな。

「――欲望に貪欲なだけでは、全てを失くしてしまうよ」

「何のことだ……」

 

――――真一朗を私のものに

――――あの瞳を私だけのものに

――――全ては、それから

 

 

 

 

 

コメント

いわき栄花様から頂いた相→真です!!メールで届いた時は大興奮でした!!まさか相沢と真一朗の話が読めると思ってもみなかったのでvすっごく嬉しすぎですvv

好きしょ!!ができるきっかけのようなお話で今も一人画面の前で興奮が収まりません!教授の真一朗ラブっぷりが私のツボを突きすぎて…ニヤケが治まらない(妖)
相沢さん密かに邪魔な七海をどう真一朗から離すか色々と考えてるあたりが好きです(私教授派だからv)相沢さん天才だから自然と相手の欲しいモノを提供して周りがわからない内に着々と計画を実行していきそう…実際途中までは実行していたんだけど(苦笑)

密かに綾野ちゃんがイイ感じですし。あの方位ですね、相沢の事わかってるの。ある意味ストッパー役ですし。栄花さん本当にこんな素敵なお話を書いて下さって有り難うございました(ペコ)