夕闇の太陽
「真一朗、おかえり♪」
ガラリとこの部屋の扉が開いて、オレは満面の笑みで真一朗を迎えた。
けど、そこにいたのは真一朗だけじゃなかった。
「相沢センセ?」
きょとんと首を傾げる。
んー、オレさ、相沢先生ってちょっと苦手なんだ。こんなこというと真一朗が苦笑するんだけどさ。
オレ以外の人に真一朗を触って欲しくないんだ。
こんなのただの傲慢な我侭だって分かってるけど、それでも…。ううん。それくらい真一朗のことが好きなんだ。
「ふ、まだいたのか? NO.013」
「……えっと…、邪魔…?」
NO.013て呼ばれるのは好きじゃない。
わかんないけど、胸の奥の方がざわざわして、いやな感じがする。
でもいやだなー、て顔はしちゃ駄目なんだ。
相沢センセは真一朗の恋人で、オレは真一朗のただのペット。
最近思うんだ。
オレは凄く我侭になったんだって。
真一朗を独占したいなんて、ホントは思っちゃいけないのに…。
しゅん、と項垂れながら、上目遣いで真一朗わ見上げと、真一朗は苦笑を深くした。
そっか…。駄目なんだ。
「今日はもう帰って良いぞ」
「…分かった…」
真一朗のつけてるネクタイと同じ色のリボンをいじりながら、オレは項垂れたまま部屋を出た。
最初、オレは帰る場所も分からなかったんだ。だけどそれはすぐに教えて貰った。
相沢センセと一緒に研究してる、ナオって人に、なんだけど。
ナオは凄く美人だと思う。けど、オレを見る目が好きじゃない。
何か、よく分かんないけどオレを哀れんでる気がする。
それに、ナオにもいっぱい悪いことした気がするんだ。もちろん、真一朗に対するものとは比べものにならないくらいちっちゃいんだけど。
一人で校舎を歩くのも嫌い。
最近はそうでもなくなったけど、ちょっと前まで、ここに通ってる学生が、オレの事を知らない名前で呼んで笑いかけてきたから。
羽柴先生、なんて知らない。
オレは「空」だから。
ただの「空」だから。
真一朗が付けてくれた名前。
とぼとぼと廊下を歩いていたら、化学室の前まで来てた。
相沢センセはよくここにいるらしい。
オレはここに入っちゃ駄目なんだって、ナオが言ってた。
真一朗もいい顔をしないから入らないけど、懐かしい感じがする。何でだろうね。真一朗以外のことなんて考えなくて良いのに。
いっぱい思いが溢れてくる。
オレの中の何かが、警鐘を鳴らす。
ここは駄目だって。入ったら駄目なんだって。
「…羽柴か…。何をしている?」
ぼんやりと立ち止まっていたら、扉が開いてちょっとびっくりした。
この人は永瀬芥。相沢センセの息子だって言ってた。うん、ちょっと似てるよね、先生と。
「…?」
けど、羽柴ってダレ?
きょとんと首を傾げると、永瀬はため息を付いた。
「自分の名前すら忘れたのか…」
「羽柴ってオレの名前?」
「……そうだ」
そうだったんだ…。
でもいまいち実感が無いな…。
「中に入るか? 学もいるが…」
「ん〜…」
どうしよう…。
ホントはいけないって分かってるけど、ちょっと入ってみたいとも思う。
けど…。
「芥〜、何してんだ〜?」
その時、ドアを背にして立っていた永瀬の背後からひょこん、て顔を出した男の子がいた。って、男の子って年齢じゃないよな。
青い髪をした、白衣の少年。
この人も相沢センセの関係者?
「あっれ〜、空先輩じゃん! 久しぶりだな〜♪」
「?!」
ぎゅっ、て抱きつかれてパニックを起こしかけるけど、すぐに永瀬が引き剥がしてくれた。
「何だよ〜、芥!」
「学のことも覚えて無いのか…」
「う…ん」
やだな…。こうやって知らないことばっかりなのも。
学って人が怪訝そうにオレを見てる。
「空先輩、もしかして記憶喪失?!」
「そのようだな」
「そっか〜。オレ市川学って言うんだ。宜しくな、空先輩♪」
「…うん、宜しくな、市川」
にこ、て笑いかけたら、市川もにこっ、て笑ってくれた。
この笑顔は懐かしいと思う。
オレ、市川と仲、良かったのか?
「なーなー、空先輩。中よってくか〜?」
「ん〜と、今日は帰るな」
ほんとはこんなことしてちゃ駄目だって、ちゃんと分かってるから。
だから、これ以上ここにはいられない。
だって、帰りたくなくなるから。
「そっか〜。じゃ、またな〜、空先輩♪」
市川に見送られて化学室の前をオレは去った。
今まで真一朗以外の奴と話したことなかったけど、楽しいんだな〜。
ナオは…。良く分からない。
寮に帰った後は色々面倒も見てくれるけど、ふとした時に悲しい顔するんだ。
話もあまりしないし…。
「あれ、くーちゃん。これから帰るの?」
正門をくぐったら、後ろからナオの声が聞こえた。
「ナオ? うん、そうだよ」
ナオも帰るのかな? 白衣も着てないし。
ナオとも話してみたいな。もしかしたら、ホントはもっと話しやすい人なのかもしれないもんな。
「そっか。一緒に帰ろうか、くーちゃん」
「うん」
にこ、て笑いかける。
するとナオも、驚くくらいに綺麗な顔で笑って、ちょっとドキ、てした。
この笑顔は好きだ。だって凄く綺麗だから。
そして二人で寮まで帰って、ご飯食べて…。緊張しながら話しかけたら、ナオはちょっと驚いた顔をして、色々話してくれた。
夜になってうとうとしてたら携帯がなった。
表示は真一朗だった。
どうしたんだろう?
「はい。…真一朗?」
『今から迎えに行く。支度をして待っていろ』
「うん、分かった」
電話の向こうから聞こえて来た声は、いつもより少しだけ甘く枯れていた。
やっぱり相沢先生としてたのかな…。
もう寝るつもりだったから着てた寝間着を脱いで、黒いシャツとジーンズに替える。
あとは部屋に鍵を掛けて、寮のロビーで待つだけ。もちろん明かりは消したし、戸締まりも確認した。
時間は1時すぎだから、門限はすぎてるんだけどさ。
真一朗と一緒なら関係ないんだ。
やっぱり真一朗が先生だから?
『空―…』
カチカチと進む時計の針を眺めてたら、いつもの声が聞こえた。
どうしてかな?
今まではこんなにはっきりと聞こえなかったのに…。
「だぁれ?」
ずっと不思議だった。
だってオレと同じ気配がするから。
『夜、てんだ。もう一人のお前だよ』
もう一人のオレ?
なんでオレが二人もいるの?
『お前を守るためだよ』
守る?
何から?
オレは守ってもらわなくてもいいのに…。
『今のいいまでいいのか? 嫌なら、全部無かったことにだってできるんだぜ?』
オレにならな、って夜が笑ったけど…。
「そんなのヤだ…」
真一朗のこと忘れちゃうの?
ナオも、市川も、永瀬のことも、全部忘れちゃうんでしょ?
そんなの絶対に嫌だ…。
『そっか…。それでいいんだな?』
「うん…」
『分かった。じゃあ、空の好きにすればいい。…空。ずっと愛してるぜ?』
「え?」
ふんわりと抱きしめられたような感触がした…気がする。
けど…。
なんだったんだろう。
気の、せいだよ、ね?
だってずっと一人で、ここで時計を眺めてたんだから。
あれ? でも何かおかしい。誰かと話してた気がする…。でも分からない…。
思い出せないならたいしたことじゃないよね?
あ、そろそろ真一朗が来るかな?
と思ってたら、玄関が開いた。
「真一朗♪」
姿を見せた真一朗に抱きつくけど、いつもなら抱き返してくれるの、真一朗は何もしてくれない。
だから不安になって顔を上げたら、真一朗は怒った顔をしていた。
「真一朗…?」
「空、放課後は何をしていた?」
放課後?
「えっと……市川とお話した…」
ナオともだけど、それはいつものことだから。だから違うと思う。
「言いつけを忘れたか?」
「…ごめ…なさい…」
忘れてた訳じゃないけど…。でも…。
誰とも話しちゃ駄目だって。
真一朗以外には笑い掛けちゃ駄目だって。
「私から離れていくつもりか?」
「そんなことしないっ!!」
絶対に離さないっ、て真一朗にしがみ付いたけど、真一朗は無理矢理引き剥がした。
何で? 言いつけを守れなかったから真一朗、オレのこと嫌いになっちゃったの?
じわっ、て涙が滲んできて。でも俯いたりはしないで、真一朗を見上げる。
「真一朗しかいらないの…」
「口では何とでも言えるな」
「何で?! どうして信じてくれないの?」
真一朗に捨てられたら、どうしたらいいのか分かんなくなっちゃうのに…。
「お仕置が必要なようだな…」
真一朗がニヤリと笑う。
オレはその場に凍り付いたのだった。
「やぁ…だ」
お仕置だって言った行為は、真一朗のマンションで朝まで続けられた。
どんなに意識を飛ばしても、真一朗は許してはくれず、何度も何度も続けられた。
「しん…ちろ…」
それでも名前を呼ぶと、真一朗は優しく髪を撫でてくれる。
「空…。私だけを見ていろ。他のやつには笑いかけるなよ」
「う…んっ…んん…」
頷く言葉はキスに飲み込まれて消える。
ごめんね、真一朗――。
もう約束は破らないから。
オレは真一朗だけのものだよ。
白み始める空が目の端に映ったころ、オレは夢うつつの中で真一朗に告げていた。
―大好きだよ、真一朗。―
コメント
海月かなえ様のサイトから頂きました。大好きです!お仕置きとか(萌)空が可愛い過ぎデスし!何気に芥がいい人だ。基本的に科学部メンバーはいい人ですしねv白衣着てても外部に被害は与えてないし(笑)こんな素敵なお話をフリーにして下さって有り難うございます!
カキコでお知らせしてくれたのでもう特急でサイトにお邪魔し、読んで即お持ち帰りしてしまいました(笑)ペットエンドのその後v私自身あのエンド好きなので今回読めて幸せです。
実はこのフリー小説は携帯のメインページの閉鎖企画となっています…お疲れさまでした。でもPCサイトの方は閉鎖では無いのでこれからも伺いに行く気満々デス!
かなえ様ありがとうございました。